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ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

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ゲッツ板谷プロフィールphoto

板谷宏一

1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

Vol.69 遺言(前編)


 中学の時の同級生に林(仮名)という奴がいた。
 野球部に入っていた林は、マジメではなかったが、かといってグレるわけでもなく、中学から高校へ行き、そこを卒業すると市内の割と有名な蕎麦屋で働き始めた。そして10年後、その蕎麦屋から独立した林は、元々実家が金持ちだったため店を建てる金を親に出してもらい、30歳の頃には自分の店を持つ一端の蕎麦屋の主人になっていた。
 で、その噂を聞きつけたオレとキャームは、林の店に蕎麦を食べに行ったのだが、辛味大根という水分が少なくて辛味が強い大根を薬味に使ったザルそばがホントに美味しく、また、林は既に結婚していたらしく、そのいかにも愛嬌のある奥さんと2人で店を切り盛りしていたのである。
 それからというものオレは、3~4ヶ月に1度の割合でジイさんやバアさんを連れて林の店を訪れ、林もオレが来たことがわかると必ず焼き味噌などをサービスで出してくれた。さらに、そのうち調理場にオレのことを呼び、そこにある蕎麦の実を碾く石臼などを見せてくれたりしたので「林も本格的な蕎麦打ち職人になったんだなぁ」と言うと林は急に厳しい顔つきになり、「いや、まだ全然ダメだよ」という言葉を吐いた。で、最初は謙遜をしてるんだと思っていたが、行く度に林は自分はまだ全然ダメだと言い続けた。が、30代になったばかりで自分の店を持ち、そこで蕎麦を打って生活してる林のことをオレはホントに立派だと思っていたのである。

  それからオレも本格的に仕事が忙しくなり、林の店には5~6年行かなかった。で、そんなある日、ウチにキャームが来て、いきなり次のようなことを言ったのである。
「おい、林の店が潰れちゃったみたいだぜ」
「ウソだろ……。だ、だって、あんなに美味しかったし、客も結構来てたじゃん!」
「いや、とにかくアイツは自分が完全に納得できる蕎麦を作ろうと常に悩んでたみたいで、だんだん店を休みがちになって、半年前からは殆どノレンも出てなかったって話だぜ」
(ホントかよ、おい………)

 で、それから更に10年以上が経ち、オレも49歳になっていた。そんなある日、オレは自分の肩のところにあるスイカの種のようなホクロを除去するために市内にある皮膚科の病院を訪れていた。手術は呆気ないほど早く終わり、そして、お金を払うために会計フロント前のベンチに座ろうとしたところ、ナント、あの林がそのベンチに座っていたのである。
「おいっ、林!」
「……………………」
 何度声を掛けるも、反応は全く無し。それどころか正面を見たまま、コッチに振り向く様子もなかった。さらに肩に手を掛けて話し掛けるも、全くの無反応。
(ヤベっ、林にしては何か疲れきってる感じもするし、ソックリな奴に間違って声を掛けちまってるのかな、オレ?)
 あまりの反応の無さにそう思っていると、正面の会計フロントに座っている女のスタッフが「林さぁ~ん」という呼び声を上げた。すると、オレの隣にいた男はスッと立ち上がり、お金を払ってとっとと病院から出ていってしまったのである。
(てか、オレが何をしたんだよっ!?)
 頭にきて一瞬追いかけようとしたが、明らかに病んでる感じがしたので止めておいた。そして、その翌日にオレんちに遊びに来たキャームに昨日のことを話すと、
「アイツって中学ん時から考え込む方だから、蕎麦作りにズーーっと1人で悩んだ挙句、ホントに精神が病んじゃったのかもしれないなぁ……」
 と言いながら、ホントに心配そうな顔になっていた。そう、キャームも中学時代は同じ野球部に入っていたので、林の大本の性格はわかっていたのである。

 それから更に1年後の夕刻。家で原稿を書いているとピンポォ~~ン!というチャイム音がし、玄関のドアを開けてみると林が立っていた……。
 林は何だか酔ってる感じで、オレが面食らっていると、そのままウチに上がり込んできた。
「ど、ど、どうしたんだよっ、林?」
「いや、さっき立川駅の近くで飲んでたらよぉ~、ヤクザとケンカになっちゃってな。で、ド突き合ってたらマッポにとっ捕まってぇ~、さっきようやく開放されたんらよ」
 オレんちの居間のテーブルに腰掛けながら、そう答えると周りをキョロキョロ見回して「ねぇ、ビールちょうだい、ビール!」という上擦った声を上げる林。
「つーか、林。お前、1年前ぐらいにオレと皮膚科の病院で会ったのに無視したべ?」
「えっ……知らね」
「知らねえって………お前、今、何やってんの?」
「俺? ……ああ、世田谷区にある蕎麦屋で、っぷ! は、働いてるよぉ」
「た、他人の蕎麦屋で働いてんのかよ?」
「なぁ、コーちゃん。いいから、ビールちょうらい、ビール!」
 その後、出してやった缶ビールを飲みながら林はオレの話を聞くわけでもなく、かと思えばケータイに保存してある自分の娘だという若い女の写真を得意そうに見せてきたり、またそのケータイで誰かと話し始め、そして、訳のわからないことを少しブツブツ言ったかと思うと「じゃあ、バイバイ!」と言って帰っていった。
 それから1週間に2度ぐらいのペースで林がウチに来るようになった。ま、来ると言ってもオレが2階で仕事をしていると、1階の玄関から誰かが乱暴に入ってくるような音がして、慌てて下りてってみると居間のテーブルに林が当たり前のように座っていて、「よぉ、コーちゃん!」とか言っているのである。
 で、そういうことが3~4回続くと、オレもイイ加減うんざりして「今、ウチの親父が病院で生死を彷徨ってて、いつ呼び出しがあるかもわからないから、悪いけど用事が無いなら帰れよ!」と強く言って、家から叩き出すようになった。それでも林は週に1回ぐらいはフラフラっとやって来るも、玄関に鍵をかけるようになったオレは林を家に入れず、そんなことが何回か続いたら今度はピタリと来なくなった。

 そして、それから又々1年後の昨年の夏。キャームが次のようなことを電話で教えてくれたのである。
『ウチの中学にいた林の親戚とこの前、街中でバッタリ会ったんだけどさ。つい先月、林が死んじゃったみたいなんだよな……』
「ええっ!! ウソだろっ、おい!?」
『いや、林は半年以上前からマンションで一人暮らしだったらしくてさ。そんな林から先月の晩、父親のところに“体の具合が悪い……”っていう電話が掛かってきたらしくてよ。で、少しして父親が近所の林が住んでるマンションの中に入っていったら、あろうことか、その時には既に林が台所に倒れてて冷たくなってたらしいんだよ』
「ホントかよ、おい……」
『何でも膵臓が弱りきってて、それが死因らしいんだけどさ。奴と嫁さんは随分前から別居してて、娘も嫁が連れてったらしいんだけど、別れ話をしても林がわけのわからないことを言うだけで全く対話にならなかったらしいんだよな……』
 電話を切った後、久々にオレは黙って考えごとをしていた。てか、あんなに上手くいっていた林の人生を狂わせたのは、どう考えても“蕎麦”しかなかった。これは確認していないので想像の域を出ないのだが、勤めていたという都内の蕎麦屋もオレの家に頻繁に顔を出していた時点でもう辞めていて、奴は1日中酒を飲んでるアル中になっていて、多分食べるものもロクに口にしなくて死んでしまったのではないか……。しかし、蕎麦作りというのは、そんなに深く、そんなに難しいものなのか? 材料だってそば粉、強力粉、打ち粉、水の4種類だけだし、道具だって特筆するのは石臼ぐらいのもんではないのか? いや、だからこそ難しいのか? 蕎麦作りにハマっている人というのは正直、暗い感じがする。悩んでいるうちに、どんどん自分1人の世界に入っていくような感じがするのだ。

 その後、暫くして自分の電話帳に目が止まった。その固い表紙の裏に『長野 黒姫 ふじおか』という文字が書いてあった。それは1年前、訳のわからないことばかりを言ってる林に蕎麦の話を振った際、奴が急にマジメな顔になって、その蕎麦屋の名前を口にし、続け様に「オレが唯一、自分の足でわざわざ食いに行く日本一の蕎麦屋だよ」と言ったのだ。そして、オレは反射的に、その所在地と店名を近くにあった電話帳になぐり書きしたのだった。そう、自意識過剰なこととは思いつつ、あえて言わせてもらえば、その『長野 黒姫 ふじおか』というメモは、林のオレに対する遺言みたいなものなのだ。


 それから4ヶ月ほど経った月曜日。オレは、その月曜が店の定休日の塚ポンという串カツ屋の後輩を誘って、長野県にあるという“ふじおか”に向かった……。以下、次号。







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