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ゲッツ板谷のスケルトン忠臣蔵

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ゲッツ板谷プロフィールphoto

板谷宏一

1964年東京生まれ。10代の頃は暴走族やヤクザの予備軍として大忙し。その後、紆余曲折を経てフリーライターに。著書は「板谷バカ三代」「ワルボロ」「妄想シャーマンタンク」など多数。2006年に脳出血を患うも、その後、奇跡的に復帰。現在の趣味は、飼い犬を時々泣きながら怒ることと、女の鼻の穴を舐め ること。近親者には「あの脳出血の時に死ねばよかったのに」とよく言われます。

Vol.70 遺言(中編)



 後輩の塚ポンが運転する車、その助手席から長野へと向かう高速道路からの風景を見ていると、山々も思った以上に寒々と見え、そろそろ本格的な冬に入ろうとしていることがわかる。
「この調子で行けば、その『ふじおか』っていうお蕎麦屋さんの開店時刻には余裕で間に合いそうですね」
 そう言って、カーコンポの曲をサザンオールスターズに変える塚ポン。
 「ふじおか」に予約を入れたのは、もちろんオレだった。ネットで「ふじおか」の食べログページをチェックしてみると、店は金、土、日、月の週4日間だけ営業してるとのこと。で、金曜の午後3時ごろに月曜なら空いてるだろうと余裕綽々で電話したところ、来週はどの日も予約で一杯という。そして、オレが急に焦っていると、相手のオバちゃんが『あ、再来週の月曜なら一卓空いてますけど、どうします?』と言ってきたので、反射的に「それでお願いします!」と言った後で「じゃあ、午後の1時前後にお伺いしますね」と付け加えた途端、オバちゃんの声が急に厳しくなった。
『ウチは午前11時半に注文を受けた後に食べてもらい、午後1時には閉店になるので、とにかく遅くても午前11時半までには来てもらわないと困ります』
 そう、予想以上にキッチリしているのである。

 ちなみに、オレは立ちソバや天ぷらなんかが沢山入った庶民的なソバをよく食べるが、蕎麦屋と漢字で表記される蕎麦とツユで勝負している店にも時々は通っていた。ザッと頭に思い浮かぶ店だけでも書くと、都内では神楽坂の「蕎楽亭」、渋谷の「玉笑」。都下では八王子の「坐忘」「車屋」、三鷹の「地球屋」。東京外では山梨県は長坂の「翁」、茨城の山奥にある「慈久庵」、福島は大内宿の「三澤屋」にも何度か通っていた。
 が、自分は蕎麦通かと言うとまったくそんなことはなく、食べた蕎麦を「うまくない蕎麦」「まぁまぁの蕎麦」「凄く美味しい蕎麦」の3つのジャンルの内のドコに入るのかは判断がつくが、じゃあ凄く美味しい蕎麦を食べ、その蕎麦が凄く美味しい蕎麦界の中では第何位にランクインされるのかとか訊かれると、もう全くわからないのだ。
 多分そういう判断がつく人というのは、それこそ月に3~4度以上は日本各地の凄く美味しい蕎麦屋を訪れていて、そのボーダーラインのようなものが頭と舌に出来ているのだろう。で、そのボーダーラインが全く出来てないオレが、これから日本一だという、その「ふじおか」の蕎麦を食べたら、その圧倒的な美味しさに林の言う通り、その蕎麦が日本一だということを実感できるのだろうか? そして、オレのそんな不安をサザンの桑田が、まるで嘲笑うかのように歌い飛ばしていた。

 その後、高速道路は藤岡ジャンクションから上信越自動車道に分岐し、さらに1時間ちょっと走ってからオレたちは長野インターで高速道路から下りた。そして、浅川ループラインから戸隠バードラインに進むと、そこには通称七曲りという、天井に鉄の太い網が張られたヘアピンカーブの連続区間があり、もしあと1ヵ月もしてこの道路が凍結したら、この乱勾配から考えて、まずこの先には進めなくなることが容易に想像できた。
「だ、大丈夫かっ、塚ポン?」
 オレは目を白黒させて、その七曲りを夢中で上がっている塚ポンに声を掛けた。
「いや、何だかヘビの檻に入れられたハムスターにでもなったような気分で、す、すいませんっ。このヘアピンカーブが、あと1キロ以上続いたら自分、吐くと思いますっ」
 が、そのカーブは300メートルほど進むと無事に終わり、いよいよ田舎然とした道を進んでいると、そのうち電話で店のオバちゃんが教えてくれた目印の長野カントリークラブというゴルフ場があり、その後、その先をカーナビの指示に従って右手の細い道に入った。そして、その道を何度か右左折したところに、おお、あった! あのログハウスが「ふじおか」だ!!
「店が高床式になってるのは多分、この地が冬になると殆ど雪に覆われちゃうからでしょうね」
 塚ポン。そんなことよりお前、今、青っパナ垂らしてんぞ……。

 と、その駐車スペースに車を止めて店の外観を観察してると、1台の車がオレたちの車の隣に止まった。八王子ナンバー。オレんちからそんなに離れてない所から来たのかと思うと、何だか急に嬉しくなって、その車の運転席から出てきた40代後半ぐらいの男に声を掛けていた。
「あ、あの、ココには何度か来てるんですか?」
「いや、ボクもココは初めてなんですが、この店が以前の黒姫という所にあった頃は何度も通ってたんですけどね」
「(あっ、林が言ってた黒姫っていうのは、つまり前の住所だったのか……)ぶっちゃけ、味の方はどうなんスかね?」
「その黒姫時代と変わらない味であれば、間違いなく日本一旨い蕎麦屋だと思います」
「えっ……ホ、ホントに日本一ですかっ?」
オレは、あまりにも簡単に相手から“日本一”という言葉が出てきて、俄然興奮していた。さらに……、
「いや、実は自分も蕎麦を打つ仕事をしてたんですけど、ちょっと前まで悩んじゃってて、何年か打てなくなってたんですよ」
(はっ……林と同じだっ! やっぱし、この人も蕎麦でオカしくなってたんだ!!)
「ま、ようやく少し前から、また蕎麦を打てるようになったんですけどね」
「え、お店ってドコにあるんスか?」
「いや、青梅市なんですけど……」
「(青梅なんだ……)で、なんて名前のお蕎麦屋さんなんですか?」
「いや、同時にパプアニューギニア料理も出してる店なんで、店名は『ニウギニ』っていう名前なんですけどね」
   カイ~ン!!
 次の瞬間、オレの頭の中に響き渡る、金属バットが芯で硬球を捉えたような音。
 で、そうこうしてるうちに更に2台の車が駐車スペースに入ってきたが、1台のナンバーは岐阜、もう1台は愛媛だった……。

「あ、板谷さん。お店、開きましたよっ」
 塚ポンにそう言われ真っ先に店内に入ると、20畳弱のスペースに4人掛けのテーブルが4つあった。つまり、この店は昼のこの時間しか営業してないので、1日に最高でも16名の客しか取らないのである。ちなみに、この日は全員で12名だった。
 テーブルの上にあるメニューを見ると、用意されているのは基本的に「せいろそば定食」3000円のみ。コース内容は、季節の野菜料理→蕎麦がゆ→せいろそば→漬物という構成。そのコース以外には、そばのお代わり&そばがき、それぞれ800円。あとはアルコール類があるだけだった。
 つーことで、何はともあれ、その3000円のコースを食べてみたのだが、いやいや、これがかなりの美味しさなのである。特に驚いたのが、微妙に緑がかった蕎麦の香りを嗅いでみると何とも言えない、淡い刺激的なニオイがし、続いてそれを何もつけないで口の中に放り込んでみると、早くも春が来たような、それでいて泰然とした田舎の自然が口の中に広がっていくのである。また、更に驚いたのは蕎麦とツユの相性が絶妙で、更に更に、オレは元々野菜はあまり好きじゃないのだが、このコースを順ぐりに味わっていると、そのコースに完成感があることがわかるのだ。よって、普段のオレなら蕎麦と一緒についつい天プラや鴨も食べたくなるのだが、このコースを食べているとそういう気が全く起こらないのである。
 しかし、である……。確かに林が言った通り美味しい蕎麦を出す店だが、オレはここの蕎麦が日本一だと言えるほど自分に自信が無い。いや、確かに旨いんだろうとも思うし、オレの地元の同級生だった林もきっとこの店で出すような蕎麦やツユ、そして、それを盛り立てる料理を作りたかったんだろうと思うのだ。
 林には何の技術が足りなかったのか? 蕎麦粉の挽き方か? 打ち方か? 茹で方か? ツユの出汁の取り方か? もしくは蕎麦の実の産地などの問題なのか? そして林は、この方程式がいつまでも解けずに1人で地獄に入ってっちゃったんだろうなぁ……。
 これが林の遺言か。確かに、間違いなく美味しい蕎麦は食えたが、オレにとってはそれだけのことだった。奴が言った言葉を遺言などと捉えて、気取ってこんな所まで来た自分のことが急に滑稽に思えてきた。あ~あ、何やってんだろうなぁ、オレ……。



 が、林の遺言が炸裂するのは、実はこの後だったのだ。後編に続く。







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