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蛭子能収のうきうきギャンブラー人生

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蛭子能収プロフィールphoto

蛭子能収

1947年長崎生まれ。漫画家、俳優。看板店、ちりがみ交換、ダスキン配達などの職業を経て33歳で漫画家に。その後TVにも出演。現在「蛭子コレクション」全21冊のうち7冊発売中。ギャンブル(特に競艇)大好き。カレーライス、ラーメンなど大好き。魚介類や納豆は苦手。現在、タレント、俳優、漫画家、エッセイストと多ジャンルで活躍中。

Vol.95 90才まで生きたい!


 先月末、テレビ東京の番組『主治医が見つかる診療所』のロケで岐阜に行った。最近、物忘れがひどくなった僕のことを思ってマネージャーがテレビ東京のプロデューサーに相談したのだ。このプロデューサーは「バス旅」のプロデューサーでもあったので少し安心もした。ロケの内容は脳のMRIを撮ったり、ちょっとした計算問題や他にいろいろな細かい検査をした。単純な作業だったので僕はずっと「早く終わらないかなー」と思っていた。しばらくして診断結果が出た。
「レビー小体型認知症」との診断だった。

 私自身の身体は別にどこか具合が悪いと思わせるものは何もなかったので、病名がつくほどのものかと思った。この病名では芸能人だったらもうテレビ出演ができないように思ってしまう。だから病名だけを聞いてテレビ局のスタッフが私のテレビ出演を見送りにしてしまうような気がして心配だ。「蛭子は元気だ! 仕事を入れてもかまいませんよ!」と声を大にして言いたい!!

 放映後、いろいろな番組で有吉さんや東野さん、坂上さん、ブラマヨの吉田さんなどが僕のエピソードをいろいろ話してくれて「蛭子さんって昔からあんな感じでしたよ」と言ってくれたのは、すごくありがたかったです。みなさんが言うように何も問題はないので、テレビ番組やボートのイベント出演などの依頼を心待ちにしています。

 僕の人生の目的は「死なないこと」なので、とにかく身体が元気な内は働きたいし、引退しようとは更々思ってない。だって引退したらお金が入ってこないし第一、退屈だ。 
 よく、早々とリタイアして余生を楽しんでいる人を見かけるが、そんなにたくさんやることがあるのだろうか? 僕は昔からボートと映画ぐらいしか趣味がなかった。それらは仕事をしてても合間でも仕事が終わってからでもできる遊びなので、その分仕事も頑張れる。仕事のオファーが来なくなるまでは仕事をしたいし、進行をできるだけ遅らせて今の病気に負けることなく少しでも長く芸能界で仕事をしたい。

 今年、僕は73才になる。今でも僕より年上の徳光和夫さんや高橋英樹さん、高田純次さんも頑張っている。僕もせめて90才までは生きたい。

※最近、ツイッター(@ebisu_jp)でよく呟いてます。動画も投稿しているので良かったらフォローしてください。

 
 
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