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蛭子能収のうきうきギャンブラー人生

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蛭子能収プロフィールphoto

蛭子能収

1947年長崎生まれ。漫画家、俳優。看板店、ちりがみ交換、ダスキン配達などの職業を経て33歳で漫画家に。その後TVにも出演。現在「蛭子コレクション」全21冊のうち7冊発売中。ギャンブル(特に競艇)大好き。カレーライス、ラーメンなど大好き。魚介類や納豆は苦手。現在、タレント、俳優、漫画家、エッセイストと多ジャンルで活躍中。

Vol.83 上京の話


 私が東京に来たのは何の用事があってのことか、なかなか思い出せない。生まれたからには「ここには行くべき」と思う考えもあったので、とりあえず首都である東京には行こうと思っていた。
 その頃、僕は政治的な考えはまったくなくて、ただみんなが幸せに暮らしていけるのならそれでいいと思っていた。私は他人と争うのが苦手で自分から喧嘩を仕掛けることはなかった。

 東京に初めて着いた日、人が多くてビックリしたさすが首都東京だと思った。
 友達に学生運動をやってる人がいて(当時は学生運動が盛んで、街のあちこちに頭にタオルを巻いた学生達が見られた)、自分は学生運動には関心がなかったがその友達は高校を卒業した後に、(政治を変えるつもりだったのか)私より一足先に東京へ出た。その彼を頼って東京へ出てきたのだが、人が多くて探すのに苦労した。なんとか板橋区の成増に住んでることがわかって、彼の家の玄関のブザーを鳴らしたが何回鳴らしても出てこない。友達の家にでも行っているのか。そんなに不安でもなかった。そういう時のために深夜の過ごし方を考えてきていたのだ。

 成増から池袋に出てしまえば、映画館が深夜までやっていた。成増から電車に乗るのは初めてだったので多少の不安はあったが、なんとか池袋に着いて映画館に入れた。映画館には寝るつもりで行ったが人がたくさんいる。みな学生たちだ。映画を見るつもりというか寝るつもりだったのだが…学生運動がここまで広がっているとは…私の考えはちょっと甘かった……。
 それでもなんとか一晩を過ごせてよかった。東京の人と地方の人とは考えが違うことも分かった。

 その後、東京に住み始めたのだが寝る場所も探さないといけないので、仕事と宿泊が一緒にできるところを探した。とにかく東京は首都なのだから東京を体験するべきだと思っていた。
 上京した理由はそんななんとなくでそれほどカッチリした理由はなかったはず…いや、今思い出した! 毎日の食事を得るために会社に就職したのだ!! 美味しい食事がついている会社に就職したのだ。
 東京へ出てきて何日かで住む場所も決めてしまい、これから先の人生が何となく決まっていいことなのか悪いことなのか…もうしばらくはこの会社の寮に入って、食事も寝場所もここにしようと決心した。



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