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蛭子能収のうきうきギャンブラー人生

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蛭子能収プロフィールphoto

蛭子能収

1947年長崎生まれ。漫画家、俳優。看板店、ちりがみ交換、ダスキン配達などの職業を経て33歳で漫画家に。その後TVにも出演。現在「蛭子コレクション」全21冊のうち7冊発売中。ギャンブル(特に競艇)大好き。カレーライス、ラーメンなど大好き。魚介類や納豆は苦手。現在、タレント、俳優、漫画家、エッセイストと多ジャンルで活躍中。

Vol.1 格好良かった兄貴

 ギャンブルが好きな男はどうしても女性からは嫌われるのが一般的である。しかし私は思う。浮気する男より嫌いなのか? と。

 ギャンブルする男は、お金を稼ぐことに必死。仕事で稼ぐのが正道なのだが男のそれぞれの事情により、なかなか仕事がうまく行かなかったりするものだ。そこでどうしてもギャンブルに手を染める。

 ギャンブルするのに最もやっかいなのは資金が必要なこと。この資金がなけりゃギャンブルできないようになっている。最初の資金でギャンブルに勝ち続ければ良いが、そううまくゆくものではない。大抵は負けて泣きを見る。でもいつかは勝つ!! と思っている。そう思いつつ64才になっても私は続けている。

 18才で高校を卒業した私は、その日、まっしぐらにパチンコ店へ向かった。初めてのギャンブルであった。ポケットから50円取り出し、玉を買った。いや借りたというのか。パチンコ玉が25個私の手元に来た。この日を待ちに待っていたのである。そして負けた。あっさり50円負けた。しかしドキドキした。これから私は毎日パチンコするぞと決心した日でもあった。

私の街は長崎。日本の西の端っこにある。父も兄も漁師だった。兄は中学校を卒業してすぐ父と同じように船に乗った。思えば兄は学校を卒業しても15才だったのでパチンコをする権利がなかった。学校を卒業してもギャンブルできないなんて、かわいそうだなと思ったものだ。

 しかし兄は一ヶ月位の漁から帰ってくると3日位の休みの日に、いつしか競輪に行くようになった。競輪は確か20才にならなければやってはいけない筈である。兄貴、法律まで犯してやっていたのだろうか?

 父がやがて亡くなり、オンボロ長屋を出て少し遠くに土地を借り、小さな一軒家を兄貴が建てた。この時の兄をすごいと思った。男気があるなと。やがて兄は結婚して嫁さんが家に泊まりに来るようになった。

 そしてある日、兄が興奮して「これで部屋ば増築せんね」と母に30万円渡した。どうやら競輪で万券を2千円分取ったらしい。

 「すごい」と私は思った。兄貴、格好いい。

 そして結局、増築はあと10万円足して完成、兄と嫁の寝室が出来上がった。

 しかし、その何日後から嫁さんは家に来なくなった。兄は漁で一ヶ月位家を空けるのだが、その間、嫁さんは実家に帰る生活だった。しかし、兄が漁から戻り3日位家に居る時も嫁さんは実家に居たままだった。

 ギャンブル好きはやはり女性からは嫌われるのかなーと思うに至ったのである。

うきうきギャンブラー人生 イラスト

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