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蛭子能収のうきうきギャンブラー人生

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蛭子能収プロフィールphoto

蛭子能収

1947年長崎生まれ。漫画家、俳優。看板店、ちりがみ交換、ダスキン配達などの職業を経て33歳で漫画家に。その後TVにも出演。現在「蛭子コレクション」全21冊のうち7冊発売中。ギャンブル(特に競艇)大好き。カレーライス、ラーメンなど大好き。魚介類や納豆は苦手。現在、タレント、俳優、漫画家、エッセイストと多ジャンルで活躍中。

Vol.74 流れ星


 僕は熊本県の牛深市(現天草市牛深町)という所で産まれたらしい。しかし、牛深市の記憶は全くなく子供の頃の記憶は長崎市戸町という地名しかない。
 長崎は造船の町で至る所で小さな船から大きな船まで造られてきた。私が住んでいた戸町でも1ヶ月に一度ぐらいは新しい船の進水式というものがあり、私は必ずこの進水式に参加していたのだった。と言っても私は造船に携わったことはないし、関係者でもない。進水式というのはめでたいもので、できるだけ多くの人に参加してほしいという気持ちがある。そこで、昔の進水式には必ず「餅投げ(餅まき)」というものが実行されたのだ。
 船の上から餅を投げそれを拾う住民たちという光景。私はこの餅投げに参加するのが大好きだった。
 この餅投げ、拾った餅は当然拾った人が持ち帰って家で食べるのだが、餅の中に100円玉や千円札が入れられてることもあり、現金を拾った時にはすごく嬉しくなったものだった。今もこの行事が続いているかはわからないが「お金を拾うなんて下品だよ」と言いかねない風潮を考えると、最近は餅の中にお金を入れるなんてことはないのかもしれない。しかし私は全然下品とは思ってないから、今も“お金を拾う”行事が行われていれば「いいな~」と思っている。
 
 小さい頃は夏になると夜寝る時に、よくベランダにゴロリと横になって寝ていた。夏の夜の空気は暑かったが家の中よりは涼しかったので、ほとんど毎日ベランダに枕を持ってゴロリと上を向いて寝ていたものだ。
 ずっと夜空を見つめていると、たくさんの流れ星が流れてくる。二日に一度は見ていたような気がする。そんなに流れ星があったら地球がどうかなってしまいそうだけど、本当によく見ていたのですよ。あお向けに寝てると、星がスーッと流れて消えるのだ。
 東京に来てからは夜、外で寝ることが無くなったので、流れ星を見たことはないけれど、長崎の夜では、本当によく流れ星を見ていたのだ、。
 こんなことを友達に話すと「そんなバカな……」「そんなことあるわけないじゃん」と言われるのだが、子供の頃はよく流れ星をみていたのだ。

 今回はギャンブルのことにまったく触れてないが、流れ星を私が「見たことがある、それも結構な数を…」「いや、そんなことあるわけがない」この両方のどちらかに賭けるならどうですか?
「流れ星なんて年に1、2回ほどしかない」
「いや、割と頻繁にある」
 どちらに賭ける?



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