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蛭子能収のうきうきギャンブラー人生

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蛭子能収プロフィールphoto

蛭子能収

1947年長崎生まれ。漫画家、俳優。看板店、ちりがみ交換、ダスキン配達などの職業を経て33歳で漫画家に。その後TVにも出演。現在「蛭子コレクション」全21冊のうち7冊発売中。ギャンブル(特に競艇)大好き。カレーライス、ラーメンなど大好き。魚介類や納豆は苦手。現在、タレント、俳優、漫画家、エッセイストと多ジャンルで活躍中。

Vol.9 一億円も負けてる私…

 日本人の場合、法律的にギャンブルができるのは18才からとなっている。それも学校へ通ってる間はできず、高校を卒業するとOKになる。それでも競馬やボートレースなどいわゆる公営ギャンブルは20才を過ぎてからしかできない。

 私は、おとなしい性格だったので、法律を破ってまでギャンブルする勇気はなかった。実は小学生の頃からパチンコがしたくてしたくてたまらなかった。でも、パチンコ店に入れないので、母にパチンコのおもちゃを買ってくれと頼んだが貧乏な家だったので買ってもらえない。それで小学・中学・高校と自分でパチンコのような物を作って遊んでいたのだ。

 高校の卒業式が終わると、まっすぐパチンコ店へ向かった。多分、日本全国で高校を卒業して一番早くパチンコ店へ入ったのは私ではないかと思う。
 嬉しさのあまり、勝つことより店に入ってパチンコ台の中に玉を入れて指でハンドルを弾くことで大いに楽しみ、あっという間に百円が無くなった。20分ほどで終わったと思う。

 そして20才の誕生日が過ぎた日曜日、友達二人を誘って大村ボート場へ行った。40~50才くらいのおじさんに混じって若者3人、約1時間の旅だった。長崎市内から国道を走って左の方向に大村湾が見えた時、胸が熱くなった。僕も大人になった。いっぱしにギャンブルが堂々とできる大人の仲間入りをしたんだ。
 ボート場に到着。見るもの全て初めての経験である。レース場、観客席、予想屋のおじさん達、すごく新鮮に思えた。
 1レースから12レースまで、全レース、100円で一点買いして全て外した。計1200円の負け。一個も当てることはできなかったが、私は満足していた。
楽しかった。一緒に私に連れられてきた二人の友達は楽しく思ったかどうかはわからない。

 しかしパチンコにしてもボートにしても最初にやったのは共に負けてしまった。私がギャンブルに弱いことをその時に見抜いていれば生涯で一億円も負けることは無かったろうにと思う。

 でも考えると私は法律をきちんと守る人間なんだなーと思う。社会で決められた規則を律儀に守る人。根は本当に真面目なのだ。
 ところが、やっかいなのが麻雀である。麻雀については何才から始めて良いという規則がない。早けりゃ小学生でもやっていい。ただ賭けてはいけないという規則があるだけなのだ。しかし全国に雀荘が多数あるが、その90パーセントはお金を賭けてやっているのである。私はこのあいまいさが嫌である。
 麻雀は実に面白い。ゲームとしては最高と思っている。但し賭けなけりゃ全く面白くないのである。掲載が本格的に取締りをしたら麻雀好き(日本人の
人口30パーセント)、つまり3千万人が捕まってしまうだろう。

 私は提案したい。18才から麻雀は賭けてよい。但し掛け金はピンのワンスリー。つまり一勝負、五千円程度なら法的にOKです。という決め事を。



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